神経を抜かないで守る治療:MTAセメントによる歯髄温存療法
2024/6/6公開 (2024/7/18更新)MTAセメントは、深い虫歯や重度の根の感染を治療するのに非常に有用な歯科材料です。 同じ用途で使われる保険の薬剤に比べて抜群に効果のある治療方法です。
当院では、MTAセメントを用いた「神経を抜かない・歯を抜かない治療」に力を入れています。
MTAセメントとは?その特徴と効果
MTAセメントの特徴
MTAセメントは、バイオセラミックスといわれる歯科用修復材料で、以下のような特徴を持っています。
-
高い封鎖性:
成分が歯(象牙質)の内部に浸透しながら固まるので、封鎖性が高い -
生体親和性:
細胞や組織とのなじみが良く、体の中で炎症を起こさない -
抗菌作用:
アルカリ性による抗菌作用を長期にわたって持続する -
再生能力:
硬組織誘導能があり、修復した部分の直下に歯や骨を再生させる
MTAセメントで可能になる治療
これらの特徴により、従来困難であった以下のような治療が可能になります。
-
虫歯治療における歯髄温存療法:
神経に達する深い虫歯を神経を取らずに残す治療 -
歯冠破折における歯髄温存療法:
外傷などで歯が割れて露出してしまった神経を残す -
根管充填:
歯根が重度に感染してしまい、通常の根の治療では治癒が難しい歯根を残す -
根管穿孔封鎖:
歯根に空いてしまった穴の修復
それぞれ適応症に限界はありますが、合致すれば非常に高い成功率と長期的な安定を得ることができます。
このコラムでは、1と2の歯髄温存療法(直接覆髄、部分断髄)について解説します。 3と4の根管治療に関してはこちらの記事をご参照ください。
難治性の根管治療:MTAセメントを用いた根管充填
一般のセメントとの違い
セメントというと、一般にはコンクリートや建築材料を思い浮かべる方が多いと思います。
しかし、広い意味でセメントとは、水や液剤により硬化する粉剤の事を指します。
歯科の分野では粉と液を混ぜて歯を修復したり、修復物を接着したりする場面が多いので、実に様々な歯科用セメントが存在します。 これらは全て医療用であり、人体に害がなく、口腔内での過酷な環境に耐えられるように作られているものばかりです。
MTAセメントは、海外で20年以上前に実用化され、これまでにも世界で多くの科学的な検証がなされて高い治療成績が立証されている、信頼性の高い歯科材料です。
保険の治療法とMTAセメントの比較
保険での治療の実情
通常、虫歯が神経の深さまで達していた場合や歯が割れて神経が見えてしまっているケースでは、神経は既に感染してしまっているので、神経を取り除く治療が必要になります。
感染がわずかだった場合は、保険適用の直接覆髄材(水酸化カルシウム製剤)を用いることで神経を残せる場合もありますが、成功率は高くありません(虫歯の場合で40~70%程度)。 一度成功したとしても、約半数は2~3年後に神経が死んでしまうことが分かっています。
実際には、こういった処置をした後1ヶ月程度経過を見て被せ物をするのが一般的なのですが、その後、神経が死んでしまったらまた被せ物を外して神経を取り、再度被せ物をしなくてはならなくなります。 それを考えると、あまり現実的な方法ではないかも知れません。
一方で、虫歯による神経の感染が比較的軽度であれば、MTAセメントを用いることで90%以上の確率で神経を取らずに保存する事ができます。 一度成功すれば、長期間が経っても後から神経が死んでしまうということはまずありません。
MTAセメントのメリットとデメリット
MTAセメントのメリット
-
高い成功率と長期予後:
神経を残す治療をした際の成功率・長期予後が、保険治療に比べて明らかに良く、長期間が経過しても神経が死ぬことがほとんどありません。 -
部分的な修復が可能:
神経を取った歯は再感染や歯の破折を防ぐために歯の全周を削って被せ物をするのが一般的ですが、神経を残せた場合は部分的な詰め物で修復を終えられる事が多いため、歯を削る量が最小限ですみます。
神経が残っている歯は虫歯や破折に対して抵抗力がありますが、神経を取ってしまうと虫歯が進行しやすくなったり、歯の根が割れて抜歯になってしまうリスクが上がるので、歯を長持ちさせるためには神経を残す治療はとても重要です。
MTAセメントのデメリット
-
術後の痛み:
神経に直接触れる治療法なので、麻酔が切れた後に数日間痛みが残る場合があります。 多くの場合では痛みがほぼ無かったり、初めのうちだけ痛み止めを飲んでいただくことで十分対応可能です。 神経の感染があったり炎症が強い場合は、痛みがずっと残り、神経を取る判断になる場合も稀にあります。 -
治療の難しさ:
水で練ったMTAセメントは粘性がなくボソボソしているので、正確に埋めて封鎖をするのに技術を要します。 トレーニングを積んだ歯科医師でないと扱いが難しいので、どの歯科医院でもできるわけではありません。
当院では院長はもちろん、勤務医も十分なトレーニングを積んでMTAセメントの治療技術を習得しています。
操作性の良いMTA配合材もありますが、MTA本来の持つ性質を損ねているものが多いので、当院では使用しておりません。 -
保険適用外で高価:
薬剤自体が高価で、保険の適用もできません。 保険で使える薬剤の場合は3割負担で580円ですが、MTAセメントを用いると自費診療となり、当院の場合は16,500円で行っています。
その他に、以前は歯の変色が問題になることもあったようですが、今では変色の原因となる成分は取り除かれているものが多く、当院で使用している製品については変色の問題は一切ありません。
MTAセメントの適用症例と適用不可症例
MTAセメントは、虫歯が神経(もしくはそのすぐ近く)まで達しているが、神経の大部分が感染せず正常に残っているケースで適用できます。
適用可能なケース
- 虫歯は深いがまだ痛みが出ていない場合
- 噛むと少し痛い場合
- 冷たいものや甘いものがしみる場合
- 外傷で歯が割れてまだ経過が短く(数時間以内)、歯の根までは割れておらず、歯自体が抜けたりズレたりしていない場合
適用できないケース
- 何もしなくても痛みがある場合
- 噛んだり歯を叩いたりするとズキズキ痛む場合
- 今は痛みがおさまっているが、以前は強い痛みがあった場合
実際には、レントゲン所見や、実際に虫歯を取って拡大鏡で見たときの神経組織の状態などを総合して、適用するかを最終判断します。 感染が根の方まで進み始めているケースでは、適用不可と判断して神経を取る処置に移行します。
MTAセメントの治療の流れと治療期間
- 麻酔とラバーダム防湿を行う
- 虫歯を全て取り除く
- 露出した神経の状態を拡大鏡で確認して、明らかに感染している部分は除去する
- 神経組織の止血を確認し洗浄する
- MTAセメントを神経露出部を覆うように充填、封鎖する
- 削った歯面全体を修復材料で修復する
- 経過を見て(目安1ヶ月程度)、問題なければ最終修復(詰め物や被せ物)を行う
MTAセメントの費用と保険適用になるのか
保険適用の現状
MTAセメントは海外で販売されてから20年以上が経ち、有効性や治療成績が確立された非常に信頼性の高い修復材料です。
実は日本でも、保険治療において直接覆髄(歯髄温存療法)に限りMTAセメントの使用を認められています。
(根の治療に用いる事は保険ではまだ認められていません)
しかし、日常診療で使われる事は想定されていないようで、診療報酬よりも材料費の方がはるかに高いのが実情です。 もし材料が安価になったとしても、高度な技術と処置時間を費やして行う事が必須になります。
保険点数が大幅に引き上げられない限りは、MTAセメントによる治療が保険で可能となるのは難しいと思います。
また、十分なトレーニングを積んでいない歯科医師が施術する事で治療が失敗するリスクが心配されるため、保険導入には慎重を要するのだと思われます。
保険適用の費用
保険適用での直接覆髄は通常水酸化カルシウム製剤が使用され、費用は次のようになります。
CRやインレーの除去 | 20点 |
---|---|
う蝕処置 | 18点 |
直接覆髄(麻酔代含む) | 154点 |
計192点となり、3割負担の場合は580円です。 レントゲン料・疾患管理料等は別途かかります。
自費診療の費用
自費診療の場合のMTAによる覆髄処置の費用は次のようになります。 別途、歯冠修復に費用が必要です。
1歯あたり | 16,500円 |
---|
自費診療の費用は医院ごとに異なっていて、上は当院での費用です。 万が一、処置を行ったが結果が得られず神経を取る事になった場合は、11,000円を返金しています。
最後に
神経を取ってかぶせものをした場合には、保険治療でも負担額(3割)は10,000円を超え、治療回数は平均5~6回かかり、しかも歯の寿命を大きく縮めてしまいます。 そのため、神経を守る治療は、自費診療の中でも最も優先度の高い治療と考えています。
深い虫歯でお悩みの方は、是非一度ご相談ください。
お電話の前にご確認ください
おかげさまで多数のご予約・お問い合わせをいただき、大変ありがとうございます。
東京の方からご予約のお電話をいただくことが多いのですが、当院は福岡県の「六本松」にある歯科医院です。
おそらく東京都港区の「六本木」と勘違いされたのではないかと思います。
東京から来ていただけるならとても嬉しいですが、患者さんに移動時間・交通費など多大な負担をかけてしまいます。 お近くで歯医者さんを探してみてください。